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自己紹介

目次

ebay起業までの道のりと理念

こんにちは。
自己紹介をさせてもらえる機会があり、知っていただける機会があるということに本当に嬉しく思います。
ありがとうございます。

まず初めにブログ記事の末尾にもある、プロフィールをまずこちらにも載せさせていただきます。

この記事の執筆者
名前:菊池 駿(@awiiin)

株式会社Awiiinの代表取締役。ebay物販輸出のマーケティングツール開発者
2014~2019年の5年間中学校数学教師として勤務。その後、独立。
ebayに関してはYouTubeチャンネルでも発信しています。
2020年5月〜現在までebayコミュニティ運営・システム開発をし、最新情報の共有をしています。

改めまして菊池駿と申します。
上記が私が発信している強みにもなり得て、皆さんにとっても信用してもらえるパートになるかと思い、簡単にかかせていただいております。
会社理念としては、

~Deep Connect 深い繋がりに価値を見出す~

  • A=ALL, Aランク, Ace
    →トップを目指す,上を目指していく,向上していく,成長していくという意味

  • win=勝利する、利益を上げる
    →全体の利益が上がることが大事なことであり、そしてこれはパートナーやお客様を守っていくためにも自社も利益を上げることも大事であると考えていますので、全体の利益を追求していくということです。

  • iii=弊社に関わる全ての方
    →自社・パートナー・お客様の関わる全ての方を絶えず意識すること

    が含まれております。
    このような方針で弊社は活動しており、
    コミュニティを大事にする活動を行っています

上記を会社理念として行いながら活動しております。

この自己紹介ではもっと私の深いところまで描いていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。

中学校教師時代

私の人生の最も大きい部分を占めていた教師時代です。
よく、「なぜ教員を辞めたのですか?」という質問もいただきます。
それはそうですよね。w
公務員という安定の地位を自ら捨てて、荒波が立つ起業という方向性に舵を切ったので。
この話も最終着地点としてお届けしていきたいと思います。

まずなぜ私が教師になったかというと、シンプルに子どもが好きだったというのと、サッカー部を持ってサッカーの監督やプレイヤーとしても活動していたいっていうことがありました。
中学校生活が非常に楽しかった印象があったので中学校教師を目指しました。
専門としては数学が得意であり、好きだったので数学教師を選びました。
大学時代は芝浦工業大学という大学に通い、教員免許を取得し、教員になったという経緯です。

高校生2年くらいから本格的に教員になろうと思いましたが、それまではサッカー選手になりたい!みたいな子どもの夢バリバリに持っていました。
※ただこれも時を超え、形を変えて私の中では叶えられたので満足です。
この話も後ほどしていきます。

だんだんと年齢を重ねるにつれて、実際に社会に出る頃にはすごい現実的な思想になっていました。
その道として教員という夢・目標にシフトしてひたすら勉強しました。
大学1年目の頃は、正規の教員採用試験に落ちてしまい、どのようにするか道を決めあぐねてましたが臨時的採用教員という立場で1校目の学校に就職することができました。
晴れて中学校教員になったというわけです。

2年目以降としては臨時的教員をやりながら採用試験に合格し、正規の教員として採用されたので安泰まっしぐらの道を歩んでいました。
ただもちろん教員になってからの方が過酷な毎日で、1年目は楽しかったながらもやっぱり生徒との良い関係性を築くというのが本当に難しくて、挫折の日々でした。

やはり学校の先生の中でも人気がある先生というのはいるのですが、なぜその先生が人気あるのかは今思えばわかりますが当時は全くわかりませんでした。
※なんか面白い先生は人気があるなくらいでした

でも、やはり本質はそこではなくてどこまで本気で考えられているかっていうことが信頼にも繋がることがわかりましたし、しっかりと戦略を練っていくというのは重要だなと今では感じます。

そんなこんなで1年目をようやく乗り越えたのですが、2年目以降の正規教員になってからの方がもっと激しい日々になりました。
今思えばよくこんな生活していたなと思うくらい時間的にはハードな状況を繰り返していました。
よくニュースにもなるプラック労働的な感じです。
もちろんセルフブラックと言われる自分でそういう現象を起こしていたわけですので、自分は特に何もいうつもりはありませんが、やはり教員の世界は良心でこういうことは蔓延していきます。

というより今だからわかりますが、根源としては業務量の多さが課題ですね。
教員の仕事がSNS時代に突入して表面化されづらいところまでも生徒指導しなくてはいけないようなことになり、仕事は増える一方なのに業務は減らさないということが起きていたので教員の自殺者や過労死でというニュースを見るたびに共感はしてしまいます。
ものすごい気持ちはわかります。

おそらくこういう行動に出てしまう先生の特徴としては非常に真面目な先生が多いはずです。
生徒のことを一生懸命に考えて、自分のことを後回しにしたりするような人であればあるほどこういう現象が起きやすい傾向にあると思います。
学校は先生の良心によって成り立っていると言っても過言ではないと思います。

もちろん今の起業した立場と言いますか、社会に出てビジネス競争の世界のことを知っていると、教員ももはやこの世界のことは知っておいた方が良いとも思います。

大体の教員はビジネスのことを知らずに、資本主義社会のことを知らずに先生になります。
それを教えられないということも実態として問題であるとも感じます。

教員とビジネスの両軸を体験してきた今だからこそ言えることもたくさんあるなと教育界には思っています。
もっとデジタルに移行できる部分はデジタルに移行していけば改善できますし、
そもそも一度全ての業務を見直すということもできるんだろうなとは思います。
ただピラミッド社会なので、現場ではどうしようもできないこともわかります。

でも学年単位や学校単位でできることはどんどん変革していくべきだろうなとも思います。
※もうしているのかもしれませんが

そんなことも今では考えられるように復活したのですが、もはや2~5年目の教員生活はなかなかにハードでした。
もちろん楽しい毎日でもありましたし、やりがいはありましたが、今考えるとよく働けていたなと思うくらいの生活な感じでもありました。

1日15時間くらいは学校にいたと思います。
朝6時くらいに学校に行って、夜10時くらいまでやってるような生活は結構ざらにありましたので。。
まあこれは教員にとっては通常ですし、今はどうかは正直わかりません。
そしてこれに関して言うと私にも色んな業務を素早く片付ける能力でしたり戦略をしっかり考える必要はあったなと思います。

そんな大部分を仕事に費やして働いていた日々でしたが、まあ教員は教員で楽しかった部分ややりがいがたくさんあったのも事実です。
そんな中で初任者代表挨拶みたいなことも任されたこともありました。

そんな楽し苦しい教員時代を送っていたわけですが、プライベートでの問題と学校のトラブルが重なって一気に絶望します。

色々道中割愛しますが、まずは土地購入詐欺に遭い、そして離婚協定が始まり、
学校でも理不尽なことや怒涛の嫌がらせやらで疲弊する毎日が重なり、一気にうつ病にまで発展しました。

絶望期からの立ち上がり

教員を辞めるきっかけになったのもこの時です。
正直な話私はもう戻れるような感じにはなれませんでした。
ただここでの選択は本当に良かったなと思っています。
※もはや選択というよりかは教員を辞めるという道しか選べるような状況だったですが・・

なので私の教員生活の締めで言うと全然かっこいいものではありません。
むしろ逃げたと思います。
ただもはや同じような思いで苦しんでいる教員の方がいたら一つ言いたいのは逃げてもいいんだということ。
本当に辛い時というのは色んなことが重なりますよね。
重なるからきつい。

一つのことだけだったら大体乗り越えられるとも思います。
大体他の方も辛い時というのは八方塞がりの状態になる時が本当に苦しい状態になるかと思います。
そんな時は逃げても良いことは伝えたいです。

そしてそのまま病休にはいり、しばらく休みました。
菊池にとっての人生の絶望期はここあたりでした。
ここの期間が本当に苦しかったですね。
※27歳までが人生の第一クールという風に自分では呼んでいます
教員生活の終止符でいうとここで終わるのですが、しばらく休んだら復活してきたので、
色々探してみました。
※教員辞めてから〜今までは第二クールです。
※人生2週目の3歳です。

そこの一つにebayという選択肢が出てきたという感じです。
最初はサッカーが好きで、コーチもやっていたのでそこで活躍していこうかなとも思い、両方やっていました。
だんだんとebayが楽しくなってきたり、プログラミングにも興味を持ち始めて、進めていくうちにビジネスというのが楽しくなってきました。

今で言うと四六時中考えるのも楽しいような感じになっていますし、もはや趣味であるとも言えます。
結果を出すためには全ての時間を注ぐくらいな熱量でやることが重要なことも色々わかってきました。
正しい方向性で努力する必要があること、ガムシャラにではなくしっかり戦略を練ること。
色んなことを特に教員を辞めてからの3年間では学んでいきました。

この道中に本気でフットサルで名を馳せていく「目指せ!Fの頂」と言うYoutube番組の選手としても行いました。
これが後に世界大会としてマレーシアでプレーすることにもなったので私のサッカー選手になるという夢の代替としては十分過ぎる夢の達成をしたので中学校の頃の夢は叶えたなという気分です。
※こちらです

高校生〜大学の時の教員の夢は叶え、中学校の頃の夢のサッカー選手(フットサル選手)という夢を叶え、という流れから今を振り返ってみると、小学校の頃の夢はなんだったかなと思い出しました。

科学者って書いてたんですね。
でもまさに今それに近しいことをやろうとしていて、データサイエンティストというものに挑戦しようとしています。
もはやこれはマーケティングやデータ分析の観点から言うと重要なスキルでもあり職能だなと感じています。

小学校の頃の科学者は化学者ってイメージだったとは思いますが、でも字もしっかり科学者と書いていますので概ねOKでしょう。
※何がOKなのかは自分次第

そしてさらに遡るとゲームを作りたいとか書いてるんですね。
それでいうとつまりビジネス(ゲーム)を作りたいと言う風に言い換えることもできます。

小学校の頃や子供の頃に描いた夢っていうのは案外パワーになったり、そっちの特性があるのかもしれません。

私は今後そのような夢を叶えるため、いやもはや夢というよりは目標を達成していくためにまたどんどん精進していこうと決意し、また一緒にビジネスできる仲間を探しています。

ぜひ皆さんと一緒に何かできることを心待ちにしています。
長々となりましたが、自己紹介とこれからの想いということで話させていただきました。

ここまで読んでいただいた方本当に感謝しております。
ありがとうございました。

菊池駿

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